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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)3219号 判決

原告

松舘忠樹

原告

松舘靖代

原告

松舘美樹

右法定代理人親権者父

松舘忠樹

同母

松舘靖代

右原告三名訴訟代理人

高崎尚志

弘中惇一郎

井口寛二

被告

東京都

右代表者知事

鈴木俊一

右指定代理人

金岡昭

外三名

被告

中野区

右代表者区長

青山良道

右指定代理人

山下一雄

外三名

被告

大洋運輸株式会社

右代表者

角田克彦

右訴訟代理人

柳沢義信

主文

一  被告東京都及び被告大洋運輸株式会社は、各自、原告松舘忠樹及び原告松舘靖代に対し、各金一六四二万一七〇七円及び内金一四九二万一七〇七円に対する昭和五二年一一月二九日から、内金一五〇万円に対する昭和五三年四月一四日から各完済に至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  原告松舘忠樹及び原告松舘靖代の被告東京都及び被告大洋運輸株式会社に対するその余の各請求並びに被告中野区に対する各請求をいずれも棄却する。

三  原告松舘美樹の被告らに対する各請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、原告松舘忠樹及び原告松舘靖代と被告東京都及び被告大洋運輸株式会社との間においては、同原告らに生じた費用の三分の一を同被告らの負担とし、その余の費用は各自の負担とし、原告松舘忠樹及び原告松舘靖代と被告中野区との間においては、全部同原告らの負担とし、原告松舘美樹と被告らとの間においては、全部同原告の負担とする。

五  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一請求の原因1(当事者)の事実は当事者間に争いがない。

また、請求の原因2(事故の発生)の事実は、原告らと被告東京都及び被告中野区との間においては争いがなく、原告らと被告会社との間においては、亡浩樹が本件事故現場の道路を横断歩行中であつたか否か(この点は後に判断する。)を除いて争いがない。

二そこで、まず、被告東京都の責任について判断する。

1  〈証拠〉を総合すると、次の各事実を認めることができ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  被告東京都は、都区内の一般家庭から排出される生ごみ等の廃棄物を収集運搬する清掃事業を行つているが、同被告所有の清掃車(直営車)のみでは処理しきれないため、被告会社を含む五二の運送業者(雇上会社)に対し、廃棄物の運搬業務を委託し、雇上会社は、運転手付の清掃車(供給車)を配車して、その業務に従事していた。本件事故当時被告東京都の清掃事務所は四三か所にあり、直営車は約一三〇〇台、供給車は約二三〇〇台であつた。

(二)  被告東京都は、被告会社との間で、期間を三か月と定めて右業務を委託し、三か月ごとに契約を更新していたものであるが、右契約によれば、①被告会社は、供給車を被告東京都の指示する配車先へ供給し、同被告の作業員の収集する廃棄物を同被告の指示する場所へ運搬すること、②供給車による廃棄物の運搬時間(作業時間)は、月曜日及び火曜日は午前八時から午後四時四五分まで、水曜日から土曜日までは午前八時から午後三時四五分までとし、被告東京都の都合で変更できること、③供給車一台一日の運搬回数及び一台一回の運搬量は被告東京都の指示によること、④被告東京都は都合により配車先又は運搬先を変更できること、⑤被告東京都は、被告会社に対し、供給車が廃棄物を運搬したときは運賃表に定める金額の請負金を支払うが、被告会社の都合で供給車の供給を履行しなかつたり、一部しか履行することができなかつたりした場合は、被告会社は被告東京都に対し違約金を支払うこと、等が定められていた。

(三)  供給車は、作業当日の朝清掃事務所に着くと、清掃事務所から当日の作業区域、運行回数を指示したごみ運搬自動車伝票を交付され、右伝票による指示に基づいて作業しなければならず、また、廃棄物の運搬先及び運搬量について被告東京都の作業員によつてその都度確認を受けていた。

(四)  供給車は、被告東京都の検査に合格したものでなければならず、ボディの容積や構造も同被告によつて定められているうえ、外観上も同被告の清掃事業の標章であるいちようのマークや「東京都清掃事業」の文字を車体に表示しなければならないことになつているので、ほとんど直営車と見分けがつかなくなつている。

2  右認定の事実によれば、被告東京都は、被告会社の供給車に対し、直接、間接の指揮監督権を有し、供給車が廃棄物の運搬業務の執行として被告会社の従業員により運行されている範囲内において、その運行について支配し、運行による利益を受けていたものということができる。そして本件事故は、本件清掃車が被告東京都から指定された配車先である中野清掃事務所へ向かう途中において発生したものであることは、原告らと被告東京都との間において争いがないから、本件清掃車は、本件事故当時、廃棄物の運搬業務の執行として、被告会社の従業員である訴外北田が運転中であつたものというべきであり、被告東京都は、本件清掃車の運行供用者に該当するものと認められる。

3  被告東京都は、被告会社との関係においては、請負契約の単なる注文者としての地位を有するにすぎないと主張するが、前記認定事実に照らすと、これを採用することはできない。

また、被告東京都は、本件事故は同被告がその作業員を通じて本件清掃車の運転者を具体的に指揮監督し得る時間以前に発生したものであるから、同被告は運行供用者責任を負わないと主張する。

しかし、供給車による廃棄物の運搬業務の執行とは、廃棄物の収集中及び処理場への運搬中のみに限定されるものではなく、供給車が車庫から被告東京都の指定する配車先である清掃事務所へ向かう場合をも含むと解するのが相当であるのみならず、〈証拠〉によれば、供給車は当日の朝作業員を迎えに行き、同乗させるため、指定された清掃事務所へ配車するよう被告東京都から指示されていたことが認められるし、また、本件事故は、被告東京都と被告会社との前記契約において作業時間内とされる午前八時一八分ころ発生したものであることからすれば、本件事故発生の時点において既に被告東京都の本件清掃車に対する運行支配が及んでいたものとみるべきであるから、被告東京都の前記主張は失当である。

4  したがつて、被告東京都は、自賠法第三条により、原告らに生じた後記損害を賠償する責任がある。

三次に、被告中野区の責任について判断する。

1  本件事故現場の状況

本件道路は、千川通りと中杉通りを結ぶ裏通りで、道路の両側は住宅が密集し、付近には中野区立かみさぎ幼稚園、上鷺宮保育園、武蔵台小学校等の学校があり、本件道路はこれらに通園、通学する児童や生徒の通学路に指定されていること、本件道路沿いに上鷺公園、武蔵台公園、武蔵台児童館などの子供の遊び場も多いこと、本件道路は一方通行規制がされているほか、途中に信号機は設置されておらず、横断歩道もほとんどないこと、本件道路は東京都公安委員会により歩行者用道路(いわゆるスクールゾーン)に指定されており、本件事故当時、道路交通法第四条に基づいて、午前七時から九時までと午後一時から三時までの通学時間帯は自転車以外の車両(通行禁止除外指定を受けた車両を除く。)の通行は禁止されていたこと、はいずれも原告らと被告中野区との間において争いがない。

また、〈証拠〉によると、本件清掃車は、被告東京都の指定する配車先である中野区清掃事務所へ向かう途中通り抜けのため、本件道路を通行したものであり、廃棄物の収集という目的のために使用中のものではなかつたこと、したがつて本件清掃車については、本件道路における通行禁止が解除される場合に該当せず、本件道路の通行は違法なものであつたこと、が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。なお、〈証拠〉によれば、本件事故現場付近における本件道路の幅員は、南側の歩道部分を除いて約5.35メートルであることが認められ、他にこれに反する証拠はない。

2  道路管理のかしの有無

原告らは、本件道路は、通学路として指定され、かつ、スクールゾーン規制がされているにもかかわらず、通り抜け道として違法に進入し、通行する車両が多く、しかもそれらの多くは毎時三〇キロメートルを超える速度で走行しており、通園、通学をする児童や生徒にとつて非常に危険な状態にあつたから、本件事故当時、通学路、スクールゾーンとしての安全性を著しく欠き、道路管理にかしがあつたと主張する。

そして、〈証拠〉によれば、本件道路について通行禁止規制の行われている時間帯においても、千川通りから新青梅街道方面に通り抜けるため、通行許可証がないのに本件道路に進入して来る車両が相当多いこと、その車両の中には毎時三〇キロメートルを上回る速度で走行する車両も相当あること、本件道路には横断歩道はかみさぎ幼稚園の前に一か所設けられているだけであること、被告中野区は、千川通りから本件道路への入口には学童擁護員一名を配置するほか、違法進入車両を規制するため移動式の進入防止柵二個を配備しており、これらは規制時間になると近くの住民の手によつて本件スクールゾーンの入口をふさぐ形に置かれるけれども、学童擁護員がいない場合には、右防止柵は進入しようとする車両の運転者によつて簡単に移動させられてしまい、進入防止の役割を十分果たしていないこと、がそれぞれ認められ、他にこれを左右するに足りる証拠はない。

しかし、本件スクールゾーンの入口において違法進入車両の進入を取り締まることは警察の権限(警察法第二条第一項)に属し、被告中野区の権限とは認められない。

また、交通安全対策基本法には、道路管理者は、法令の定めるところにより、その設置し、又は管理する道路に関し、交通の安全を確保するため必要な措置を講じなければならない旨の定め(第五条)があるが、通園、通学の学童、生徒の安全を確保するというスクールゾーン規制の趣旨を実効あらしめるために、本件道路において、前記のように、スクールゾーンの入口に学童擁護員一名を配置し、簡単に移動させ得る進入防止柵を配備するだけで十分かどうかという行政上の当否の問題は別として、被告中野区が道路管理者としてスクールゾーンの入口に違法進入防止の事実上の能力を有する監視員を配置する義務があるものと解すべき法令上の根拠を見出すことはできない。

更に〈証拠〉によれば、本件道路の事故現場付近においては、道路南側に車道に沿つて幅員約1.6メートルの歩道が設置されていること、車道部分についても北側の一部に車両通行帯と歩行者通行帯を区分するためにガードパイプが設置されていることが認められるから、本件道路が本件事故現場付近において歩行をする際の安全性を欠いている状況にあつたとは認められない。また、本件事故当時、歩行者が事故現場付近の道路を横断することが困難なほどに車両が連続して走行していたことを認めるに足りる証拠もない。

そして、本件事故は、後記五2認定のとおり、訴外北田の前方不注意等の過失により発生したものである。本件清掃車の事故当時における本件道路の通行が違法なものであつたことは、前判示のとおりであるけれども、本件清掃車が違法に本件道路へ進入したというそのことのために本件事故をひき起したという蓋然性が高いものと認めることは困難である。けだし、本件道路への進入が違法であつたとしても、運転者である訴外北田において右の注意義務を怠らなかつたとすれば、本件事故は発生しなかつたものと認められるからである。

以上の点にかんがみると、被告中野区が本件スクールゾーンへの違法進入車両の進入を現実に防止し得る物的、人的措置を講じていなかつたからといつて、被告中野区に、本件道路の管理にかしがあつたものとして、本件事故に関して損害賠償責任を負わせることはできない。

したがつて、原告らの前記主張は理由がない。

3  武蔵台小学校校長の過失の有無

本件事故当日、日頃千川通りから本件道路への入口で監視の職務についていた学童擁護員が休暇をとつていたのに、武蔵台小学校校長が本件道路入口の監視を警察に依頼するなどの措置をとらなかつたことは、原告らと被告中野区との間において争いがない。

原告らは、小学校の校長は、学校内及び通学中の学童の生命身体の安全確保について、十分な配慮をする安全配慮義務を負うとし、武蔵台小学校校長としては、本件事故当日、本件道路入口の監視を警察に依頼するなどの措置をとるべき義務があるのにこれを怠つたと主張する。

しかし、〈証拠〉によれば、学童擁護員は、通学路における学童の安全な通学を図ることを目的として、通常スクールゾーンの入口付近の横断歩道における学童の安全確保のために、学童の誘導及びそのために必要な車両に対する合図等をしているにすぎず、スクールゾーンへの違法進入車両の進入防止を主たる目的としているものではないことが認められる。また、学童擁護員がスクールゾーンへ進入しようとする車両のうち、通行許可証の掲出をしていないものについて、その提出を求めたり、進入を阻止したりする権限を有すると解すべき根拠を見出し難い。

したがつて、本件道路入口に学童擁護員がいなくなる場合に、武蔵台小学校校長に本件道路入口における違法進入車両の監視を警察に依頼すべき法的義務があるものと認めることはできない。

そして、本件事故は、後記五2認定のとおり、訴外北田の前方不注意等の過失により発生したものであつて、本件清掃車が違法に本件道路へ進入したために本件事故をひき起したという蓋然性が高いものと認めることが困難であることは、前記2に判示したとおりである。

以上の点にかんがみると、武蔵台小学校校長が本件事故当日、本件道路入口の監督を警察に依頼するなどの措置をとらなかつたからといつて、右校長に安全配慮義務違反(過失)があつたものとして、被告中野区に本件事故に関して損害賠償責任を負わせることはできない。

したがつて、原告らの前記主張は理由がない。

四被告会社が、本件清掃車を保有し、これを自己のために運行の用に供していた者であることは、当事者間に争いがない。

したがつて、被告会社は、自賠法第三条により、原告らに生じた後記損害を賠償する責任がある。

五そこで、過失相殺の主張について判断する。

1  本件事故現場の状況及び事故の態様

〈証拠〉によれば、次の各事実を認めることができ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  訴外北田運転の本件清掃車は、事故当日午前八時一八分ころ、千川通りから本件道路に入り、中杉通り方面に向かつて進行し、本件事故現場手前に差しかかつたところ、進行方向右側(道路南側)は道路に沿つて幅員約1.6メートルの歩道があり、道路の左側部分には車両通行帯と歩行者通行帯を区分するガードパイプが間隔を置いて設置されていた。

本件現場付近には本件道路から南方へ通じる交差道路があるが、その交差点南東角の少し東寄りのところに本件道路と歩道にまたがつて三浦三郎運転の普通貨物自動車(以下、三浦車という。)が東向きに駐車しており、また、本件清掃車の前方を走行していた穂積茂運転の普通貨物自動車(以下、穂積車という。)が、右交差点内の本件道路東南まで来て停止した。

(二)  そのころ、亡浩樹は、武蔵台小学校に通学するため、同校一年の大村弘一及び原田正徳とともに、中杉通り方面に向かつて本件道路左側のガードパイプで区分された歩行者通行帯を歩行して本件現場付近に至つたところ、大村弘一及び原田正徳が前記交差点付近でガードパイプの切れ目から道路を横断し、前記三浦車の後部付近の歩道上へ渡つたので、亡浩樹もこれに続いて同様に道路を横断しようとしていた。

(三)  他方、本件清掃車は、毎時約三〇キロメートルの速度で本件事故現場付近に至つたが、訴外北田は、現場の車両通行帯の幅員が狭く、前記穂積車及び三浦車の左側方を通過する場合は右各車両の方に注意を払う必要があつたことに加えて、三浦車の後部付近の歩道上に子供の姿を発見したので、そちらの方向のみに注意を奪われていたため、進行方向左側にいた亡浩樹の方向には注意を払うことを怠つていた。そのため、訴外北田は、本件清掃車の前方を左から右に道路を横断しようとした亡浩樹に関しては、衝突するまで全く気づいておらず、車両右前部に「ぼーん」という衝突音を聞き、右後輪が何か物に乗り上げたようなショックを感じてやつとブレーキをかけたという状況であつた。

(四)  以上の各事実が認められるところ、〈証拠〉中には、本件清掃車の本件事故直前の速度は毎時約二〇キロメートルであつた旨の供述記載部分があるが、これは〈証拠〉に照らして、採用することができない。

2  訴外北田の過失

本件事故は、スクールゾーン内で、通行禁止規制の行われている通学時間帯に発生したことは、前記のとおりであるが、このような規制の行われている本件道路を通行する場合には、通学する児童、生徒が相当多数道路上を歩行し、横断することが予想されるから、本件清掃車の運転手である訴外北田としては、進路前方左右の歩行者の動静を注視することはもちろん、十分減速ないし徐行して進行すべき注意義務があるのに、前記認定のとおり、進行方向右側の駐車車両及び子供の姿に注意を奪われて、左側の歩行者の動静について注意を怠り、また、十分に減速ないし徐行をしないまま進行した過失がある。

3  過失相殺の要否

被告らは、亡浩樹は本件清掃車の直前に駆け足で飛び出したものであるから、過失相殺により賠償額を減額すべきであると主張する。

なるほど、〈証拠〉によれば、亡浩樹は駆け足で道路を横断しようとしたことが認められるけれども、本件清掃車の直前に飛び出したことを明確に認めるに足りる証拠はない。また、前記のとおり、訴外北田は衝突するまで亡浩樹の存在に気づいていなかつたものであるが、仮に、同人が前方左右の歩行者の動静に注意し、かつ、本件道路がスクールゾーンであり、当時通学時間帯に当たつていることを意識して十分減速ないし徐行していれば、本件事故の発生を回避し得た蓋然性は高かつたものと考えられる。

そうすると、亡浩樹が駆け足で道路を横断しようとしたことのみをもつて、過失相殺の事由とすることは相当ではない。

したがつて、被告らの前記主張は採用することができない。

六進んで、損害について判断する。

1  亡浩樹の逸失利益

(一)  原告らは、亡浩樹の逸失利益を算定するに当たり、将来長期間にわたつて年五パーセント以上のべースアップによる平均賃金の上昇が続くことは確実であるから、ベースアップによる賃金の増加と年五パーセントの割合による中間利息の控除とが相殺されることになるので、亡浩樹が六七歳に達するまでの逸失利益の算定に当たつては中間利息を控除すべきではないと主張する。

そして、〈証拠〉によれば、当庁昭和五〇年(ワ)第一〇七九七号のほか損害賠償請求事件において提出された川口弘作成の「鑑定書」と題する書面中には、昭和五四年五月当時において、今後の消費者物価上昇率は長期的には平均年率四ないし五パーセントであると推定し得るとの記載があることが認められる。

しかし、平均賃金が将来長期間にわたつて消費者物価上昇率を下回らない率のベースアップにより上昇する蓋然性が高いことを認めるに足りる証拠はないし、また、亡浩樹が六七歳に達する年までの六一年間にわたり、毎年少なくとも年五パーセントを下回らないベースアップにより平均賃金が上昇する蓋然性が高いことを認めるに足りる証拠を発見することもできない。したがつて、原告らのこの点に関する主張は、その前提を欠き採用することができない。

(二)  亡浩樹が本件事故当時六歳の男児であつたことは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、同人は本件事故がなければ一八歳に達する年から六七歳に達する年までの四九年間稼働可能であつたものと認められるので、昭和五五年賃金センサス第一巻第一表の産業計・企業規模計・学歴計の男子労働者の全年令平均賃金額である金三四〇万八八〇〇円を基礎とし、そのうち生活費として五割を控除し、ライプニッツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して右四九年間の逸失利益の死亡時における現在価額を算定すると、次の計算式のとおり、合計金一七二四万三四一四円(一円未満切捨て)となる。

3,408,800×(1−0.5)×(18.9802

−8.8632)=17,243,414.8

なお、原告らは、亡浩樹の逸失利益の算定に当たり、大学卒男子の全年令平均賃金を基礎とすべきであり、また、昭和五六年春の賃金上昇分として七パーセントを加算すべきであると主張するが、亡浩樹が本件事故がなければ大学に進学した蓋然性が高いこと、及び原告主張の右賃金上昇の事実を認めるに足りる証拠はないから、原告らの右主張は採用することができない。

(三) 原告忠樹及び同靖代が亡浩樹の両親であり、その相続人であることは当事者間に争いがないので、同原告らは、前項の金一七二四万三四一四円の二分の一ずつ、各金八六二万一七〇七円の損害賠償請求権を相続により承継取得した。

2  慰藉料

〈証拠〉によれば、同原告らは、本件事故により亡浩樹を死亡させられ、極めて大きな精神的苦痛を被つたことが認められるが、本件事故の態様、ことに、本件事故がスクールゾーンにおいて通学途上の学童が相当数歩行中であつて運転者に安全な運転が強く要請される状況の下においてひき起こされたものであり、過失の内容も運転者の基本的注意義務に関するものであること、その他諸般の事情を考慮すると、亡浩樹の死亡についての慰藉料は、同原告らにつき各金六〇〇万円が相当であると認められる。

原告美樹は、亡浩樹の死亡により被つた精神的苦痛に対する慰藉料として金一〇〇〇万円を請求するけれども、本件において民法第七一一条を類推適用すべき特別の事情が存在することを認めるに足りる証拠を発見することができないので、原告美樹の右請求は理由がない。

3  葬祭費

弁論の全趣旨によれば、原告忠樹及び同靖代は、亡浩樹の葬祭費として金六〇万円以上の金員を要したことが認められるが、そのうち金六〇万円は本件事故と相当因果関係のある支出と認められるので、同原告らは各金三〇万円の損害を被つたものと認められる。

4  弁護士費用

本件事案の内容、性質、訴訟の経緯、認容額等、諸般の事情を考慮すると、原告忠樹及び同靖代が本件事故と相当因果関係のある損害として賠償を求め得る弁護士費用は、各金一五〇万円と認めるのが相当である。

5  合計

前記1ないし4の金額を合計すると、原告忠樹及び同靖代の有する損害賠償請求権は、各金一六四二万一七〇七円となる。

七以上によれば、原告らの本訴請求は、原告忠樹及び同靖代が被告東京都及び被告会社各自に対し、各金一六四二万一七〇七円及び内金一四九二万一七〇七円に対する不法行為の日である昭和五二年一一月二九日から、内金一五〇万円に対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五三年四月一四日から各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度で理由があるから認容し、原告忠樹及び同靖代の被告東京都及び被告会社に対するその余の各請求並びに被告中野区に対する各請求並びに原告美樹の被告らに対する各請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条本文、第九三条第一項本文を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を、それぞれ適用し、仮執行免脱宣言の申立は相当でないから却下することとし、主文のとおり判決する。

(北川弘治 芝田俊文 富田善範)

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